女性蔑視と取れる発言がきっかけで、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長を辞任した森喜朗氏の後任を決める候補者検討委員会の会合が3日間にわたって行われ、五輪相を務めていた橋本聖子氏が新会長に選ばれました。しかし、東京五輪の開催まで約5カ月しかない中、「大会期間中の新型コロナウイルス対策」「国内外の観客をどう受け入れるか、受け入れないのか」など、課題は山積みです。
大会を運営する上で、組織委員会にはどのような危機管理や広報が求められるのでしょうか。報道番組の制作にも詳しい広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。
中止・延期は実質的に不可能か
Q.まずは森喜朗前会長の謝罪会見での対応や、森氏の後任候補として、日本サッカー協会(JFA)相談役の川淵三郎氏が突如浮上した件について、危機管理や広報の視点でどのように評価しますか。
山口さん「まるで、ドタバタ喜劇だったと思います。2月3日のJOC(日本オリンピック委員会)の臨時評議員会での森会長の女性を巡る発言が問題視され、翌日に森氏が素早く謝罪記者会見を開催した点はよいとしても、森氏は事の重大さを全く理解しないで会見に臨んだと思います。
その証拠に、発言を撤回すると言いながら、『組織委員会ではなく、JOCの名誉会長としての発言だった』とこっけいな言い訳をしました。また、『面白おかしくしたいんだろう』と記者に逆ギレしたほか、記者から、『会長として適任か』と問われて、『あなたはどう思いますか?』と気の利いたフックを打ったつもりが『適任ではないと思います』との強烈なカウンターパンチを食らっています。
森氏の対応を見る限りでは、組織委員会が森氏の記者会見を一切サポートしなかったことは明らかです。組織委員会と森氏は発言の波紋の重大性を認識して、会見前にしっかり準備する必要がありました。もし、会見の冒頭で森氏が真摯(しんし)に謝罪した上で『生まれ変わり、全身全霊を傾けて五輪成功に取り組みます』と誠意のある言葉を話し、その後の質疑応答でも想定問答集に沿った適切な回答をしていれば、辞任はなかったかもしれないと思います。
森氏の後任候補として、川淵氏が突如浮上し、その後、就任が白紙になった件もドタバタ喜劇そのものでした。川淵氏の就任については当初から、『高齢過ぎる』『女性蔑視発言で去る者が後継者を指名するのはおかしい』などの批判がありましたが、真の問題は森氏と組織委員会のルール違反です。危機管理の視点からは、ひっくり返されて当然の独断専行の人事を行おうとしたのです。この一件だけでも、森氏は組織委員会を私物化していたと批判されても仕方がありません」
Q.その後、森氏の後任を決めるにあたり、候補者検討委員会が立ち上げられましたが、橋本氏を選出するまでの過程で透明性はあったのでしょうか。また、御手洗富士夫委員長の会見での説明は十分だったのでしょうか。
山口さん「国民もメディアも『透明性が大切だ』と声高に叫びましたが、候補者検討委員会は非公開で、当初は委員の名前さえも御手洗氏以外は明らかにされませんでした。『委員名や候補者名を公開すれば、圧力を受けて混乱を招く』というのが検討委の言い分でした。
森氏の後任として、橋本聖子氏を新会長に選出した後、御手洗氏が記者会見を開いて選考に至る過程を詳しく説明し、橋本氏以外に8人の候補者が挙がったとの発表もありました。しかし、危機管理の観点から言えば、このプロセスは透明性を保ったものとはいえません。御手洗氏が100パーセント真実を話していたとしても、決定後の説明では『モノは言いようで、つじつまは何とでも合わせられる』と思う人も出てくるからです。
実際、『官邸主導だった』『橋本氏は候補者検討委員会の立ち上げ以前から、政府筋から打診を受けていた』など、すべてが『出来レース』だったとの記事や報道が数多く見受けられました。本当に透明性を大事にするなら、委員会の議論をテレビで中継するか、少なくとも、候補者名を黒塗りにした議事録を発表するなど、さまざまな方法があったと思います」
Q.橋本聖子氏の会長就任は適切だったのでしょうか。過去7回の五輪出場経験がある一方で、2014年にはパワハラ、セクハラと指摘される問題を起こしており、会長就任を不安視する声もあります。
山口さん「イギリスのBBC放送などは、橋本氏のセクハラ、パワハラと指摘される問題も報道していますが、それでも、オリンピアンであると同時に政治家でもある橋本氏は、選ばれるべき人であったと思っています。
しかし、IOC(国際オリンピック委員会)はタフな交渉相手だそうです。交渉にあたって、橋本氏のセクハラ、パワハラ問題をアキレス腱(けん)として突いて、交渉を有利に進めようとするかもしれません。『IOCがそんな失礼なことをするはずがない』と考える人はリスク管理ができない人です。リスクとは、将来起こるかもしれないあらゆる危機のことであり、危機管理の重要な部分です」
Q.「新型コロナウイルス対策」「観客受け入れ問題」などさまざまな課題が山積する中で、組織委員会はどのような姿勢で大会運営に臨むべきなのでしょうか。
山口さん「2月18日の組織委員会の理事会で、橋本新会長は『5カ月後に迫った東京大会はコロナ対策が最重要課題で、スポーツ界や国と連携して安心安全な大会と言ってもらえるような体制を整えたい』と抱負を述べました。
また、その後の記者会見などで、パワハラ、セクハラとされる問題について、『当時も今も大変深く反省している。国民の皆さまに信頼していただけるように、自分自身の気持ちを入れ替える』と答えました。危機管理的には優れた対応だったと思います。『コロナがどういう形だろうと(東京五輪は)必ずやる』と言った森前会長とは大違いです。
しかし、前途は多難で、行くも戻るもいばらの道です。各種の世論調査では、80%以上の国民が『中止か延期すべきだ』と考えているそうです。しかし、中止も延期も現実的ではないようなのです。立教大学法学部教授でスポーツ法に詳しい早川吉尚弁護士はメディアの取材に対し、『まず、五輪開催の決定権はIOCにある。これが大前提。日本には、五輪中止の決定権はない』と話しています。
『開催できない』とギブアップすれば、中止は可能ですが、莫大(ばくだい)な賠償金を請求されるとのことです。また、早川氏は個人的見解として、『IOCは放映権料が入ることを前提に運営されているから、自ら中止を決断することは絶対にないでしょう。日本だって、損害賠償を自分から払いにいくわけはない。できないとは言わないでしょう』と述べています」
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