ミスターが聖なる火をつないだ。長嶋茂雄氏(85=巨人終身名誉監督)が開会式の聖火ランナーの大役を務めた。吉田沙保里氏、野村忠宏氏からトーチを受け渡された。ともに国民栄誉賞を受賞した愛弟子、松井秀喜氏の肩を借り、盟友の王貞治氏に手渡す。ゆっくりと、次のランナーである医療従事者の元へ歩を進める。ゆらめく炎を見つめ、日の丸を意識したかのような真っ赤なメガネの奥の瞳が燦燦(さんさん)と輝いた。

ミスターにとって57年ぶりの東京五輪の開会式だった。64年。新聞社の企画で王貞治氏とともに連日、会場に足を運んだ。開会式で見たブルーインパルスの五輪マーク。かつてインタビューで「開会式、行きましたねえ。いい雰囲気でした。飛行機がオリンピックのマークを描いて、最後は北へ飛んでいった。ものすごく印象に残っています。あっという間に終わっちゃったけれど、面白かったなあ」と爛々(らんらん)と答えた。色あせない記憶がこの日、左手に持つトーチから発せられた、だいだい色の炎に塗り替えられた。

80年に巨人監督を退任後、テレビ局のリポーターで84年から3大会連続で五輪を観戦。そして04年アテネ五輪は監督として、念願の舞台に立つはずだった。だが同年3月に脳梗塞で倒れた。「最後まで何とかして行ってやろうと思っていた。日の丸はやっぱりね。やる気になるよね。やってやろうという気になるよ」。長年、培った強靱(きょうじん)な体力と不断の努力によるリハビリ。もう、たどり着けないと思った祭典に、長い年月を経て、奇跡的に足を踏み入れた。